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かもいけ歳時記

真砂在住 郁子さんの

暮らしを彩る
年中行事のすすめ〟

端午の節句 令和4年5月

 5月5日は五節供のひとつ「端午の節句」。

男の子の健やかな成長と健康を願ってお祝いをする日でもあり、こどもの日でもあります。

端午の節句行事は、日本古来の自然信仰や農耕行事そして中国から伝わった陰陽五行の思想などが盛り込まれた行事です。

 

年に五回ある節句(五節句)には邪気が近づきやすいとされ、厄除けの意味もあり、さらに祓いの日でありました。

「端午」とは、「初めの午(うま)の日」という意味を持っていて、「節句」というのは季節の変わり目のこと。

午(うま)は、五(ご)とも読めることから、5月5日が「端午の節句」として奈良時代以降に定着していったといわれています。

男児の節句と考えられるようになったのは、武家社会が発展していった鎌倉時代以降であると考えられます。
*それ以前については、また別な機会に

 

「鯉のぼりについて」

最近は、童謡にでてくるような♪屋根より高い鯉のぼり~♪は見かけることが少なくなりましたね。

私にとって、象徴的なのは、子どもの頃にみた、五月の空に力強く泳ぐ大きな「こいのぼり」です。

弟が生まれた翌年、今思えば初節句だったのでしょうね。近所の方や、両親が弟の為に庭の一角に場所をつくり、深く深く土を掘っていった事と、鯉のぼりの鯉が最初2匹だったのが、母がどうしても2匹では嫌だと言っていたことをとても鮮明に覚えています。

母が親戚にでもせがんだのか、いつのまにか3匹泳いでいました。となると、私は私の分がいない、家族は4人家族なのにと、子供ながら不満に思って泣いたこともあった記憶があります。

【こいのぼりは、いつごろから?】

鯉のぼりをあげるようになったのは、江戸時代以降の風習と言われ、最初は紙に描いた鯉の絵であったようです。

それ以前は幟(のぼり)や旗指物や、五色の吹き流しなど魔除けの意味もあって、あげていました。

江戸時代、中国の“鯉が滝をのぼりきると、竜になる”という【登竜門】の故事によるものという説と言われています。

逆流の中でも立ち向かい、成し遂げる鯉の姿に男児の立身出世を願い重ねて、鯉のぼりをあげるようになったとされています。

真砂界隈でも、マンションのベランダや、軒下から「こいのぼり」をあげているのをみると、子供の成長を願う気持ちが伝わってきます。

さらに、こうやって昔ながらの風習を表現できるご家庭があることにも、ほっこりとした気持ちなります。
*鹿児島は仙厳園で今年も4月29日から5月5日まで、島津家に代々伝わる「五月幟(ごがつのぼり」をみることができると聞いています、ご確認の上、ぜひ一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

この写真には、武士の象徴として、奉書で折った兜の折紙、兜の下には、紐を結び入れています。これは「勝手兜の緒をしめよ」の意味を込めました。

そして独楽盆は、私が幼い頃に見上げていた鯉のぼりの大きな目に見立てました。

花瓶の花は菖蒲と芍薬。

菖蒲は尚武同音であることからも男子のお祝いや、厄除けの意味をもっていると考えられて伝わっていることもあります。

芍薬と対比して男女の表現にも通じます。そのほか、根が付いた蓬(よもぎ)は、根をつけることで代々の繋がり、そして清めと邪気を祓う意味も含んで盛りました。

端午の節句の盛物ひとつひとつに意味があると思うと、そのことを知る喜びと共に、先人が思いや気持ちを物に寄せて表現をしたきた文化が日本にはあるということを実感しませんか。
日本人が大切にしている「おもい」「心」という目に見えないものが、奥深く見えてくる気がするのは私だけでしょうか?

今年の端午の節句には、折紙1枚と紐1本だけでも玄関先に飾ってみるとか、菖蒲の花1本でもお部屋に飾ってみるだけでも、すっきりとした気持ちになるかもしれません。

ぜひやってみてはいかがですか?

 

ちなみにこちら2枚は昨年の盛物の写真です。

食いしん坊の私はあくまきとかしわ餅を一緒に飾り、我慢できずにその日のうちに食べてしまいました。

 

花まつり 令和4年4月

お釈迦様の誕生を祝う気持ちを

 

4月8日は「花まつり」。

言葉は聞いたことがあっても、実際に見たことがある方は少ないかもしれません。

仏教系の幼稚園を卒園した友人は、お花まつりにお釈迦様に甘茶をかけたことが印象に残っていると話してくれました。

私は、季節の行事を学ぶ上で初めて知るきっかけとなりました。

まだまだ、勉強中です。

お釈迦様が生まれたのは“ルンビニ”であったと言われており、今のネパールに近い場所だと伝えられています。

ルンビニの花園で生まれたお釈迦様は生まれてすぐに七歩、歩き、そして、天と地を指し「天上天下唯我独尊(てんじょうてんが(げ)ゆいがどくそん)」と言われたと言われています。

これは、よく聞くお話でもあるかと思います。
*天上天下唯我独尊:天の上にも天の下にも私は一人で尊いという意味。


今月は、花園で生まれたお釈迦様のお誕生を祝うイメージを表現してみました。

 

この写真をみて、真ん中にあるものは?って思われましたか?

生まれて間もないお釈迦様が天地をさした像に見立てたのが、土の中から顔をだした笋(しょう:掌にのる出たばかりの筍)です。

また「仏影蔬(ぶつえいそ)」とも呼ばれることから、お釈迦様の見立てとしました。

 

 

幾重の筍の皮は衣をつけている感じと思ってみると、着物の合わせの部分のようにみえてきませんか?

オレンジ色の金盞花(きんせんか)は仏華と言われ、平らに花開くその姿が平等を示しているとして一緒に活けています。

そら豆は、仏豆ともいうそうです。豆の先端が、空、天をさして実をつけます。天を向いている姿を表しました。

この写真を撮影したのは、去年の4月。家に咲いている満開のサツキの花をバックに、庭にテーブルを置いて花園のイメージを作り、最後に、蓮の花を紙にかたどった“散華”をちらしました。

紫のスターチス、連翹の黄色ほか陰陽五行の五常を5色の花の色に託しました。


 花咲く4月に・・・。

 

草木も芽吹き、様々な花が咲き、心も華やかになる季節。

そして学校、社会のいろんな物事が新しくスタートする時期でもありますね。

新しいことへの不安がある方もいらっしゃるかもしれませんが…。

ワクワクする気持ちが勝っている方も多いのでは?

この時期、花まつりの行事を意識するしないにかかわらず、“きれい”と思う花に足を止めて見たり、優しく新芽に触れてみたり、“いい香り”と花の香りを吸ってみるなど、自然がもたらしてくれるものに身を委ねる時をもってみてはいかがですか?

想像よりちょっぴり心が弾んでいることに気づくかもしれません。

桜徒然 令和4年3月

の季節がやってきますね。


桜始開と書いて“さくらはじめてひらく”と読みます。
1年を24等分した、二十四節気。

さらにそれを3つに分けた七十二候、そのなかで

第十一候が「桜始開」です。

桜が咲き始める3月の26日~3月30日の頃を指します。

日本人にとって花といえば“桜”
その関りは古事記の時代にまで遡ると言われ、万葉集が書かれた頃には
は神聖なものとされていたそうです。

 

名前の由来や語源について

多くの説があります。
コノハナサクヤビメが、の種をまいて花を咲かせたことから

コノハナサクヤビメのサクヤがサクラに…という説や

さくらの「さ」は稲や田んぼの神様を意味する言葉で

「くら」は神様の居場所「御座」(くら)を意味している言葉

ようするに【さくら(神の御座)】は神様がいる場所という意味と言えばわかりやすいでしょうか。

昔は田植えの時期などの開花の様子を見て決めていたともいわれ、
日本人にとって、稲(お米)との関係が深いことがわかります。

皆様にもの思い出やイメージなど、それぞれあるかと思います。

余談ですが、私がこどもの頃に思っていたのイメージは軍歌の「同期の桜」

♪貴様と俺とは同期の桜♪です。

私が通っていた。その頃の鴨池小学校の体育館には、今はもう掲示していないのですが、鴨池の市営プール近くにある「貴様と俺の碑」の写真が額縁に入れて飾ってありました。よ…ね。確実に30年以上は前の話です。

どうしても、懐メロで聞く♪同期の桜のせいで、戦争と桜が一緒になってしまって、桜をきれいと思っていても、華やかな気持ちとは違っていました。
かなり 話が脱線してしまいましたが…。

そんな私も、を調べれば調べるほど、その意識も時と共に変わっていきました。
皆様にとっても、にまつわる思い出や、エピソードがあるのではないでしょうか?

 

を表現する言葉いろいろ

初桜・桜前線・桜狩り・桜便り・桜吹雪・葉桜…などよく耳にする“さくら”とついた言葉。

そして、“花”=“桜”ということで、にまつわる美しい日本語がたくさんあります。
花あかり・花冷え・花筏・花の浮橋・・・ほかにもたくさん。それはどれもを愛でる気持ちが生んだ言葉なのだと感じます。

因みに、私が一番好きな言葉は“花時”(はなどき)という言葉です。

が美しく咲いている時期のことをいいます。

 

私たちは自然に、この“花時”の頃を待ち望んでいることに気づきませんか。
大勢の人が、いつ花が咲くか…なんて思いをはせて、今年の開花予想日は?とニュースにも…。そんなワクワクする気持ちにさせてくれるのが“桜”です。それは、日本人ならではの感情かもしれません。ここ数年思うように満開のの下、お花見ができる状況とは言えませんが、花は変わりなく咲く時を知って華麗に花を咲かせて楽しませてくれます。

今年、鹿児島の開花予想日は3月23日頃だそうです。
待ち遠しいですね…。
(追記)3月20日に鹿児島地方気象台より開花発表されました。満開が楽しみですね!

 

ひなまつり 令和4年3月

「ひなまつり」は、五節句のひとつで「上巳の節句」、「桃の節句」と呼ばれています。

旧暦の3月は丁度桃の花が咲く頃でもあり、桃の花は、邪気を祓う花ということにもよるものです。

日本の伝統行事などには、中国の陰陽五行説の考えとは深く関わりが多くあり、諸説ありますが、「ひなまつり」もそうだと思われます。

日本では平安時代にはじまりをみることができます。

中国では奇数が重なる日は、“陽”の気が強すぎるので、陽が重なり逆に忌日となり、よくない日と思われていました。

中国では、3月3日、厄や穢れを祓うために、青い草を踏み、酒を飲み交わし、川でみそぎをしていた「踏青(とうせい)」という儀式がありました。それと、人の身代わりとしての「形代(かたしろ)に厄や穢れを移して海や川に流すという日本の「流し雛」の行事が融合したと言われています。

 

“ひな人形”というと宮廷の華やかな衣装をまとった人形を思いますよね。ですが、それは、江戸時代以降といわれています。

ひな祭りの頃に、尚古集成館では、歴代のお姫様のひな人形を展示公開しており、時代の変遷をみることができます。

写真は「薩摩糸びな」と「流し雛」のイメージです。ひなあられと米を煎ったもので川の流れに見立てて、人形が流れていく様を表現したものです。

「薩摩糸びな」は、江戸時代に作られ、戦前までは、女の子が生まれた家に贈る習わしがあったそうです。「親戚や近所の方から桃の節句には贈られて、大きさも様々あったそうですが、贈られた糸びなをズラリと飾ったそうですよ」と、戦後に途絶えていた「糸びな」復活させた小澤寿美子先生の娘さんにあたる、新山禮子先生から伺いました。
*その先生の手ほどきをうけ、昨年、私が手作りした簡易なものです。

6年前奄美大島のカフェで3月だけお披露目される「雛人形」のコレクションをみたこがあります。

そこには江戸時代の立雛の絵?や折り紙?タイプのものもあったと記憶しています。

その当時、今ほどには、興味を持っていなかった為、写真も撮らずに惜しいことをしたと思いますが。

ひな人形ひとつとっても、時代の変遷があるものだと感じます。

現在、“ひな人形”として認識している、豪華な七段飾りのものなどは、江戸時代、徳川家康の孫にあたる東福門院和子が自分の娘にために作ったのが最初だと言われています。

その豪華なひな人形には、母の娘をおもう心が秘められていたようです。

そのことを知り、その立場や、胸の内を思い図ると複雑な心境になりました。

とはいえ、女の子の成長を願う心は、いつの世も変わらずにあることに、気づかされます。


お家で、何年も出していないお雛様があったら、ぜひお内裏様とお雛様だけでも飾ってみてはいかがでしょうか?


 桃の花と共に男雛と女雛

私の家のお雛様飾りは、ガラスケース入りで、親戚や友人の家に飾られていた豪華な七段飾りを羨ましく思っていました。

なんという特別でない、ある年「♪お内裏様とおひなさま~♪」を唄いながら、母と共に飾っていた時に、ガラスケースに反射していた陽の光の一瞬の情景を今でも思い出します。

昨年、何十年ぶりかにお内裏様とお雛様を出してみました。

久しぶりのお人形との対面に、母の思いが、時を超えて“津々と”伝わった気がしました。

季節の行事で親心を知るなんて思いもしませんでした…。

 

恵方巻き 令和4年2月

節分と言えば、豆まきと恵方巻きでしょうか?

節分が近くなると恵方巻きの予約受付の広告をあちこちでみかけます。

 

 

恵方巻とは、節分に、その年の良い方角とされる“恵方”を向いて食べる巻きずしのことです。

恵方巻を食べる習慣って、いつ頃はじまったのでしょうか?

実は、私が初めて恵方巻を食べた記憶というのは今から30年近く前…。

友人が当然のように

「恵方巻をお寿司屋さんに行って食べる会」開催します!とお誘いをうけたのです。

「それって何?」私の家では、その当時食べる習慣はなかったからです。

そして、2月3日、よくわからないまま、何となく縁起がよいならと参加しました。

初めてです!という私にお寿司屋の大将が食べる前に「これって重要です」と説明をしてくださった食べ方はこういう感じでした。

  • ひとりにつき1本です
    福を巻き込む巻き寿司なので包丁で切らずに、1本食べます。
  • 恵方を向いて食べます今年は●●の方角です
    その年の歳徳神がいる方角(何事も吉とされている恵方)を向いて食べます。
  • まずは願いごとをし、黙々と1本残さず食べきること
    食べ終わるまでは、おしゃべりはNG。「最後まで必ず食べきる」でした。

その日、友人5・6人で必死になって1本を食べ終わったら、思わず笑いあって、なんだかいいことありそうな気持ちになって楽しかったことを覚えています。


【恵方巻はいつからはじまったのでしょうか?】

その起源や発祥については、諸説あるようです。
中でも、大阪の船場の旦那衆が花街でやっていた遊びが少しずつ人々に浸透していったではないかという説が最もよく知られています。ですが、近畿地方の一部地域ではその前から、そういうことをやっていたという説。江戸時代から明治時代にかけて始まったという説もあり、明確ではないようです。とはいえ、当時から商売繁盛や無病息災などを祈願する風習として始まったのではないかと言われています。
時を経て、昭和7(1932)年に大阪鮓商組合によって作成されたチラシが残っています。これらは現存する恵方巻に関する史料としては最古のもので、恵方を向いて無言で1本の巻き寿司を丸かぶりすればその年は幸運になれるという内容のチラシを配布したものだそうです。
また、1973年には大阪海苔問屋協同組合が、節分の夜に家族揃って巻き寿司を…というチラシを寿司屋に海苔を納めるときに配ったそうです。全国に広がった背景には、海苔業界の「海苔祭り」も多分に影響はあったようです。
さらに1980年代以降、コンビニ業界での販売がきっかけで、それに伴った宣伝活動も活発になったと言われています。恵方巻のネーミングもセブンイレブンが最初であったといわれています。そう考えると、鹿児島にもともとあった習慣ではなかったには違いなさそうです。ですが、最近は、いろんな味のバリエーションも増えて、恵方巻を食べることも定着をしているように感じます。


【今年の吉方角は?】

「恵方」は毎年変わります。この方角は、陰陽五行説に基づいてだされており、1年の金運や福を司る歳徳神(としとくじん)という神様がいる縁起のよいその方角とされています。今年は北北西です。お間違いなく。


今や節分の風習として知られるようになった「恵方巻」について、いろいろとご紹介しました。

皆様も、福を巻き込んだ巻きずし(恵方巻)を食べて、1年の幸せや願いが叶いますように…そんな思いを重ねて丸々1本召し上がってみてはいかがでしょうか?
くれぐれも慌てずに、ゆっくりよく噛んで。
そして…笑顔はOKですが、おしゃべりはNGです。
最近はフードロス問題も関連して予約をすすめるお店が増えていますので、お気に入りの恵方巻は予約する方が良さそうです。
私は必ず食べるものだからと、事前予約済!
勝手にですが“先手必勝”という感じです。
既に私の節分を楽しむ準備は始まっています。

節分 令和4年2月

2月3日は「節分」ですね。

昔は“せちわかれ”とも呼ばれ、季節の変わり目という意味をさしています。ですから立夏、立秋、立冬それぞれの前日はすべて節分ですが…今は立春の前日だけが行事として残っていると言えます。

「鬼は外~福は内~」幼い頃に父親の声ともに声をあわせて豆まきをしていると、時間差で、隣近所からも同じように様子を感じることがありました。懐かしい昭和の頃の真砂でもよくあったお話です。今では、豆まきをした形跡さえもみることが少なくなってきました。皆様にとっての思い出の節分に思いをはせてみてはいかがですか?きっと、何となく頼もしく感じた父の背中や、無邪気に大きな声で見えない鬼を恐れていた自分…。気づけば“笑顔”になっているのではありませんか?

豆まきは、中国から伝わった「追儺(ついな)の儀式」に由来すると言われ、疫病は災害、陰気、寒気を鬼に見立てて追い払う行事で、中国では豆をまくことではなかったようですが、遣唐使から日本に伝わり、民間信仰の中で鬼に大豆をまいて退治した説話も生まれてやがて定着していったともいわれています。

そうそう 皆さんが思い描く鬼は角があって、しましまの虎模様をまとっていませんか?これは、陰陽五行の鬼門の方角にあるのが“丑寅”です。そこから牛と虎の特徴を持ったイメージが想像されたのでは?といわれています。


こちらの写真は

「鬼は外~」煎った豆で鬼を追い払った鬼が退散していく豆まき後のイメージ

 

こちらは

節分の翌日は「立春」 めでたい春がやってきます

お盆の中で表現している物と意味

「大豆」豆は“魔滅”魔を滅す意味や、「まめ(達者)」であるようにという願いも込めて。

「枡」一升枡を使い「いっしょうます」と読んで人の一生が益々よくなりますように。

「柊(ひいらぎ)」柊のとげは、鬼の目をつくと言われています。

「鰯」鰯を焼くときの煙や臭いは鬼が嫌うといわれています。

「あたり棒」鬼が持っている「こん棒」に見立て。

「鬼のお面」鬼が隠れている様子を表現し、あたり棒で追い払うそんなイメージ。

「柚子」柑橘=「吉」として新しい春への願いを表現。